僕が37歳の頃の話しの続き…
素晴らしいダイヤモンドとパールのブローチを手に取り、
眺めている間も全員が僕に注目していて、変な緊張が走る。
でもそれを忘れるぐらいに素晴らしいブローチ。
八角形のような形で、細かいダイヤモンドが散りばめてあり、
ナチュラルパールが真ん中と8隅に綺麗に配列されている。
裏を見ると、今では再現出来ないような繊細な細工。
これだけの物ならかなり高価かもしれない。
オーナーらしき眼鏡の男性に価格を聞くと、ディーラーですか?と聞かれたので、
イエス!と答えると、机の引き出しからピンクのノートを取り出し、
チェックをして、エキスパートプライスで3500ポンドで良いよ、と言われた。
約70万円。商品からすれば妥当な価格だけど、僕の予算では少し足りない。
見た瞬間から3000ポンドまでならいいなと頭に浮かんでいた。
僕がサンキュー、と言ってブローチを返すと、オーナーが価格が合わないのか、商品がもう一つなのかどちらですか?と聞いてきた。
とても素晴らしいブローチで、一目惚れですが価格が僕には合いません…
するとオーナーが、他の男性スタッフ達ともう一度ノートを見ながら相談しだした。
本当にみんな仲良しなんだ。
小さい声でヒソヒソと話しているが、みんな優しそうな表情を浮かべて、真剣な眼差しで相談している。
そしてオーナーが、会議を終えて僕に、あなたのご予算はおいくらですか?と言ってきた。
僕は駄目もとで、2800ポンドでしたら今すぐに頂きたいです、と伝えると、またみんなで相談タイム。
そしてオーナーが僕に、キャッシュですか?と聞いてきたので、もちろん!と言うと、黙って僕に握手を求めてきた。
握手をすると、コングラチュレーション!と飛び切りの笑顔で返してくれた。
僕が笑顔でいると、他の男性も一斉に拍手をして、コングラチュレーション!と祝ってくれた。
なんか、誕生日会みたいだ…嬉しい。
そしてお金を渡すと、綺麗にラッピングしてピンクの可愛いケースに入れてくれた。
君はきっとまた訪ねてくれるだろうと思い、皆で相談して、今回は君の言い値でお譲りしようと決めたんですよ。
ロンドンでこんな事は言われた事がないので、とても嬉しくなり、
必ず毎回お伺いします!と約束して外に出ようとすると、一番大きな身体の男性が、サッと外に出て、ドアを開けてくれた。
みんな凄く優しい。
僕は日本でもニューハーフの人に世話になったりすることが多くて、
その度に、女性と男性の両方の心を持ち、
女性よりも女性らしい乙女な存在なんだな、といつも関心していたけど、海を越えたロンドンでも同じなんだ。
尊敬する美輪明宏さんもそうだし、美輪さんがよく歌うシャンソンでエディット・ピアフの愛する権利、と言う曲で、
男と男が、男と女が、女と女が、年寄りと若者が、異国人同士が愛し合っても、人間同士が愛し合うことに変わりはない、
殺した訳でも、盗んだわけでもないのだから・・
人は誰でも幸せになる権利がある・・・という歌があり、頭の中で美輪さんの声が流れる。
でもあれだけ皆が仲良しで一緒に仕事が出来て、もし一緒に暮らしているなら楽しいだろうな。
淋しさなんてないだろう。
そう思いながら後ろを振り返ると、みんなで手を振ってくれている。
とても素敵で心地よくなるチェルシーのおかまの館。
階段を降りてキングスロードに出ると、
チェルシータウンホールに夕陽があたっていてとても綺麗なオレンジ色になっていた。
きっとまた仲良しのみんなに会いに来ますね。
そして信号待ちでピンクのケースからブローチを取り出してみると、夕陽にかざしてもとても綺麗に優しい光を放っている。
みんなの優しさが詰まったブローチ。
日本に行って、誰の物になり、その優しさが伝わるのだろう。
きっとこうしてアンティーク達は人から人へ受け継がれて行く。
館のおかげで僕にも優しさが伝染したみたい。
さようならチェルシーアンティークマーケット。
また必ずくるからねー。
続きは次回にお送りします。