僕が24歳の頃の話の前回からの続き・・・
ホテルへ荷物を置いて、すぐに地下鉄に乗り込み、ティンが待つトッテンナムコート駅へと向う。
初めて行く駅なので、TUBEマップを見ながら乗り継ぎ方法を確認する。
乗換えを済まし、約20分ぐらいで到着した。
ロンドンの地下鉄はほんとに地下深くにあるので、エスカレーターで地上に出るのに時間がかかる。
地上に出ると、小さい駅で改札のすぐ横に出口があり、ティンが自転車を持ちながら手を振り待っていてくれた。
その自転車は日本で良くある、ママチャリではなく、ロードレースタイプのスピードが出る形だ。
ロンドンでは普通の自転車はほとんどみかけない。
ティンは、ほとんどの蚤の市での出店もこの自転車で向うんだ!と自慢げに話す。
凄い行動力と体力だ。
そう話しながらすぐに、ティンのアパートに到着した。
ロンドンは古い建物がほとんどだが、そのアパートは築30年ほどの日本で言う公団住宅の様な作りをしている。
階段で3階まで上り部屋の扉をあけ、ティンが中に入るとすぐに誰かに向かい大声で怒っている・・・
僕はびっくりしていると、ティンが出てきてタエコがとんでもない格好をしてたから注意したのよ!と苦笑いを浮かべながら説明する。
そしてすぐに、長めの真っ白いシャツに、短パンを履いたタエコが初めましてーと玄関に出てきた。
ティンはお客さんが来るのに、このシャツに下に何もはかないで出ようとするのよ!とまだ怒っていた。
やはり中国人なのでキッチリしているのかなと、タエコと挨拶をしながら僕も苦笑いを浮かべた。
ティンは僕より年上で30歳でタエコは20歳らしい。
高校を卒業して美容師の勉強をしていて、語学と美容の学校に通うためロンドンに来ていると話した。
でもどういう経緯で中国人のティンとルームシェアをすることになったのかは、気になるが聞けない・・
そんな雑談を交わしていたら、玄関のベルが鳴り響く。
ティンが出るとアンクルが大きい袋を下げて入ってきた。
チャーストリートのマーケットで大きい魚を安く見つけてきたよ!と嬉しそうに話す。
では僕は料理をするからみんなくつろいでいてね!とそのままキッチンへと向かって行った。
チャーチストリートと言えば、毎日色んな店が出ているが、アンティークマーケットもあり、僕も良く向かうところだ。
そのストリートでは道路沿いに沢山の食料品や、衣類などの露天が沢山でて賑わう。
とにかく全てが安くて、価格を見るたびにびっくりする。
時間があるときは、大きな海老とカニをその場で大きな鉄板で焼いてくれる魚屋さんがあって、とても美味しいのでよく食べる。
新鮮で美味しいのに1匹300円なので、いつも行列が出来ている。
魚を売っているが魚よりもこちらのほうが良く売れている。
その美味しさを思い出しながら、タエコと話をしながら待つ。
タエコは夜はカラオケ屋さんでアルバイトをしていると話した。
やはりロンドンではアルバイトをするとなると、日本料理の店やスーパー、カラオケなどしかないらしい。
ロンドンでもカラオケが流行していて、日本のようなカラオケボックスはないがステージで一人ずつ歌う店がほとんどだそうだ。
そんな話をしているうちに良い匂いが部屋に広がってきた。
ティンがもうすぐ出来るよ!とこちらに来て、ジャスミンティーを入れてくれた。
とても美味しいジャスミンティーだ。
するとアンクルがお待たせー!と言いながら大きなお皿に大きな魚を丸ごと1匹持ってきた。
見ると野菜も沢山のっていて、とろみがあり、スズキだと思うがあまり見たことのない料理だ。
ハーブや香辛料なども効いていてとてもスパイシーで良い香りがしている。
そしてシンガポールヌードル、エッグフライライス、北京ダックなどが次々と運ばれてきた。
アンクルが来てほんの2、30分なのにこんなに沢山の料理を作るとは・・・
もちろんティンも手伝っていたがびっくりした!
昼間だと言うこともあり、お酒は飲まずにジャスミンティーで乾杯をして僕は真っ先に魚に手を伸ばした。
トロトロのアンがかかっていて、酢豚のような味で魚の白身がそれと良く合っている。
食べた後にくるピリ辛がまたたまらない。
シンガポールヌードルもピリ辛なので、食べる度にお茶を飲んでいると
ティーポットのジャスミンティーがすぐに無くなった。
ソーリーと謝るとティンはお茶は安いから全然大丈夫!とまた沢山入れてきてくれた。
美味しくとても楽しいホームパーティー。
日本ではあまりしたことがないので、ドラマや映画であるパーティーはこんな感じなんだと初体験に嬉しくなる。
ガツガツと食べていてお腹が膨れてきてゆっくりのペースになると、アンクルが話をはじめた。
もうすぐ家族が待つシンガポールに帰るんだ。
シンガポールではアンティーク時計の店をしているし、良い所だよーと話す。
僕はせっかくこうして仲良くなったのに、もうこれで最後の食事会になるなんて、と少し淋しくなった。
ティンはそんな僕の顔を見て、このあとは中国の美味しいデザートを作るからね!と笑顔をくれた。
ティンのほんとうのおじさんではないと思う、シンガポールのおじさん。
それもとても親切で、仕事も何もかも手助けしてくれる。
僕はどういう接点で知り合ったとかは知らないけど、とても素敵な出会いだったことは分かる。
そしてロンドンで知り合いになりこうして、僕はティンのアパートに招かれて
シンガポールにもうすぐ帰るおじさんと、日本人の学生タエコと4人で食事をしている。
不思議な出会いだけど、とても素敵だなと思う。
そんなことを考えているとアンクルが、ミスター坂井!アレキサンドライトと言う石は知っているか?と話してきた。
僕は知りません、と言うと、見せてあげよう、とカバンから小さい箱を取り出し中から紫色の石がはまっているリングを出した。
僕の指の爪ぐらいはある大きな石でとても綺麗だ。
そしてそれを窓際で太陽の明かりに照らすと、紫色の石が青色に変色した・・・
みんなオーッと歓声を上げるほど見事に色がチェンジした。
アンクルは僕に手渡して見せてくれて、手に取って見ると金は9金でピンクゴールドで少し古そうな台座をしている。
1920年ぐらいのものですか?と聞くと、その通り!とアンクルは笑った。
アンクルは、これは僕が20年前にロンドンに来て、その年にバーモンジーで見つけた掘り出し物なんだよ。
僕もそのときはこれがアレキサンドライトなんて石とは知らずに買って、
早朝の暗闇で買ったときは紫色だったのに、明るくなり、
オープンカフェでコーヒーを飲むときにもう一度見ると青い色に変わっていたんだよ。
アメジストに上から色を塗っていて、それが剥れてきたのだと思い、騙された!と怒っていたら、
隣の紳士が、ルーペを取り出し、見せてと言うので渡したら、これはおそらくアレキサンドライトと言う偏光性の希少性の宝石ですよと、教えてくれたんだよ。
ただ本物かどうかはわからないから、鑑定してもらうといいですよと言われて、高かったのですか?と聞かれたから、
アメジストだと思い買ったのだから安かったよ、と言うと、もしいらないなら分けて下さいと言われてねー、とアンクルは嬉しそうに話した。
その紳士には悪いけど、僕は初めてこんな変色する石があることを知ったし、その想い出にこれは持っておきますと言いお断りしたんだ。
僕達はへーっと関心していて、
ティンは鑑別してどうだった?
僕は100ポンドぐらいだったんですか?
と次々と質問をぶつけると、アンクルは二人ともロマンがなく現実的だなーと大笑いした。
業者だし若いから仕方ないなーと言うと、鑑別はしていないよと話した。
でもね、これを初めて手にしてから、アンティークジュエリーという世界に入るきっかけになったし、
アンティークのディーラーになるきっかけになった幸運の石だから鑑別はしないで安かったし部屋に飾っていたんだよ、と言った。
そしてミスターサカイのことはティンから良く聞いていて、とても真面目なディーラで必ず毎回顔を出してくれて何か買ってくれる、
日本人の若いディーラーだと話していたから、一度会いたいと思っていたんだよ、と言ってくれた。
そして今日、この石を知っているかどうかを聞いて、知らなかったらプレゼントしようと考えていたんだよ。
僕はもうロンドンに来ることもないし、こことはお別れだけど、
君はこれから頑張っていく人間だし、これからもティンをよろしく頼もうと思ってね、と話した。
この石を手にして君はきっと成功するし、
そして成功したらティンの店にもずっと出入りできてお互いに繁栄できるし、僕も安心だからね、と微笑む。
僕はとても嬉しい気持ちになり、頂いていいんですか?と言うと、
ティンは怒り気味に、私にくれれば私が繁栄するのにーと不機嫌になっていた。
困っているとアンクルは、君はアレキサンドライトの事を知っていたし、
ジャパニーズ¥の方に頑張ってもらったほうが後々自分の為になるんだから!と言い聞かしていた。
それに、僕は男でサカイも男だから、男に幸運をもたらす石だよ、と更に説得していた。
ティンは渋々分かったわよーと不機嫌になりながらも、デザート食べるー?と聞きキッチンに行った。
アンクルは、ティンは気性が激しいから大変なんだ、と小さい声でタエコと僕に話す。
タエコは私も大変なんです、と言うと、アンクルが大笑いした。
僕だけそんな大切なものをもらっていいんだろうかと遠慮な心でいたので、笑えずにいた。
するとアンクルが君が言った100ポンドよりもずっと安かったから安心して、と言ってくれた。
ほんとに優しいおじさんだ・・
ティンの為に僕にアレキサンドライトをプレゼントする。
最後までティンを心配して、面倒をみてきたアンクル。
僕はアンクルに、これからもティンの所に来れるように仕事を頑張ります!と言うと、いつかシンガポールに遊びにおいでね、と言ってくれた。
ティンがカステラのような色をしたデザートを持ってきてくれて、頂いたがとても甘くて美味しかった。
とても素敵なホームパーティーは終わりを告げ、玄関でみんなにお別れをしてアパートを後にした。
本当にありがとう、アンクル・・・
いつかシンガポールに遊びに行きますね!
右手で青く変色しているアレキサンドライトを眺めながら心で誓った。
続く・・