2010年の買い付けの話の後編・・・
タクシーがヒースロー近くのゴルフ場を横切り側道に入りしばらくすると、牧場が見えてきた。
まだらな模様の、太り気味な馬がのんびりと草を食べている。
ここはフェルナンデスさんの所ではないが、
空港近くの高速道路のすぐ横にこのような景色を味わえるのはイギリスならではだと思う。
まだら馬を後にして5分ほど進むと茶色い屋敷が見えてきた。
いよいよ到着だ。
料金を支払い、チップを渡していると玄関の扉が開き婦人が出てきた。
それと同時に小さい犬がピンとシッポを立てて飛び出してくる。
いつも日本では見たことがない犬をロンドンではみるが、この子も以前見て可愛さにびっくりした。
テリアと柴犬が混ざったような顔をして、身体はチワワぐらいでとても小さい。
僕の足元をくるくる回りながら匂いをかぎ、納得すると家の中に戻って行った。
婦人と挨拶を交わすと、テラスでお茶をどうぞと招かれる。
テラスにいくとご主人が先に座っていてクッキーを並べていた。
クッキーは大好きなので嬉しいし、家庭に招かれてティータイムを味わえるのはとても嬉しいことだけど、
頭の中は早くお人形を見て、牧場へ行きたい!と焦っている。
築150年以上の建物の中で、クラシック音楽が流れ、
テラスからは広い庭と、その先の牧場が遠くに広がり、まさにスローライフの真髄だ。
なのに僕は忙しい日本人で、そんな空間にいながらも日が暮れてしまう・・・と焦っている。
それも理由が仕事ならわかるが、馬や羊、色々な動物達を見たいと、なんかちぐはぐな理由だ。
そんな僕の表情をご主人が察知したのか、
お茶を入れるのにはまだ10分ほどかかるから、庭を見ますか?と声をかけてくれた。
イエス!と大きい声を上げると、びっくりしたような顔をしながらガラス扉を開ける。
土足の文化だとこういうときに便利だ。
僕の家に人を呼んで庭に出てもらうときは、
玄関から靴を持ってきて・・・なんて言わなくてもいい・・
庭に出ると可愛い犬も家の奥からまた飛び出してきて庭を駆け巡る。
それを眺めていると、右横の先から白くて大きい身体が飛び跳ねている・・・
良く見ると白馬だ!
庭との境目には柵があるが、一部はスペースが開いている。
そこに向って走ってきているようだ。
サラブレッドのように綺麗な馬体ではないが、大きくて力強い。
びっくりしている僕に、主人が、あの子の部屋があそこにあるんですよ、と左側に指を指す。
見ると左側のほうに小屋があり、そこを目指していたのだ。
こちらに向ってきてそのまま突進してぶつかればテラスや家がむちゃくちゃに壊れてしまう・・・
と心配した僕の心境など主人には話せない・・・
安心して柵の近くに寄ると、パカパカと心地良い音を立てて走ってきた。
庭の横で馬が走っているなんて・・・と感動していたら、頭の上を轟音がして飛行機が通り過ぎて行った・・
びっくりしてこけそうになった僕をみて主人が大笑いをする。
その騒ぎをよそに、婦人がお茶が入ったから戻ってー!と叫んでいる。
なんかわけがわからなくなってきて、最後はこけそうになるなんて、恥ずかしい。
これは美味しいお茶とクッキーを食べて気分を入れ替えないとと足早にテラスに戻る。
牧場はいいが、あの飛行機の轟音は・・・
でも馬は慣れていて僕がびっくりしているうちに、小屋へと入って行っていた。
やはりハイジのように山の上や、田舎の牧場がいいな・・・
飛行機にびっくりさせられて、僕の心を支配していた牧場への想いが急に冷めてきた。
お茶を飲みながら主人が、僕が飛行機にびっくりしてひっくり返りそうになっていたよ、と婦人に話すと、
婦人はここは昔から牧場で、おじいさんの時代には空港がなく、静かな牧草地だったのよ・・・と残念そうに話し出した。
そうか、だからあちこちに、まだらの馬達がいたりして点在しているんだ・・・
空港は僕らにとっては便利だが、やはり環境破壊なんだ・・・
婦人は、私はここで生まれ育ったから、うるさいけど離れたくないのよ・・・と言った。
主人は養子かな?僕の心はどうも不純だ・・
そう話してすぐに、さあ二階のお人形のお部屋に行きましょう、と誘われ二階についていく。
すると入り口付近のソファに大きなお人形・・・
ブルーの服をきた豪華な雰囲気の子が座っている。
ブリュですか?と聞くと後期のブリュだけど、おばあさんの代からここにいるのよ、と話した。
戦争、空港建設、去年ヒースローにミサイルが打ち込まれる未遂事件があったが、
そんな色んな出来事を乗り越えてきて、ソファにデンと座っている
だからこんなに力強い目をして、物凄いパワーを感じるんだ・・・
この子を持っていると台風が来たり、家に土砂が流れてきても助かる気がする。
だからグッドラックなんだ。
改めて関心しながら、価格を聞くと少し高い・・・
でも今回は値切れないほどこの子の目力が凄い。
私を値切るの?
そう言われているようだ・・・
頂きます・・・
すると婦人が、あなたはきっとこの子を気に入り連れて帰ってくれると思っていたのよ!と喜んでいる。
手放す理由は聞かないが、いずれここの土地も手放さないといけない・・・みんないつかは命が途絶えるのだから・・・
そんなメッセージが頭をよぎる。
僕は人から人へとアンティークを橋渡しする役目。
そこに感動の出会いや、喜び。
その喜んでくれる顔を見るのがなんとも言えず幸せで今まで頑張ってきた。
その反面、別れもある。
このように手放す場に遭遇するときだ・・
婦人も喜んでくれてはいるが、やはり淋しそうな目をしている。
僕はこの子はきっと幸せになれる方にお渡ししますからね。
そしてもしご縁が無くても僕の店でいつまでも可愛がりますから・・・そう話そうと思ったが、
今こんなことを言うと、せっかく喜んでくれていて笑顔でいるのに泣き顔になってしまうかも・・と思いやめた。
僕を呼ぶまでに、きっときっちりとお別れをしていて、淋しさを乗り越えているに違いない・・・
その子を抱えて下に降りると、主人が、また飛行機が飛んでくるからこけないようにね、と笑いながら話しかけてきた・・
きっと養子だ・・・
二人で言葉に出さない淋しさを感じながらお別れをしているのにこの人は・・
そう思いながら降りると階段の最後で踏み外し、こけかけた・・・
こけてもこの子は守らないとと、しっかり抱きしめる。
でも何とか持ち直し、椅子に座らせる。
すると婦人があなたがふざけたことを言うから危ないことになるのよ!と主人に怒る。
小さくなった主人はソーリー・・と小さい声で応える・・・
その姿は素直でとても可愛い・・・でもやはり養子だろうな・・
あなたにこれをあげるわ。
婦人が小さい箱を僕に手渡す。
箱を開けると金の指輪が入っていた。
それも猫のような熊のようにも見える、可愛いリングだ。
おじいさんのお気に入りでいつもつけていたのよ、あなたが使ってもいいし、
ジュエリーも扱っていたでしょうから、売ってもいいわよ。
気前良く僕にくれた。
僕が使います!とお礼を言って指につけると、人差し指にピッタリ。
でも僕は、僕が使いますけど、お客さんが僕のつけている物を
どうしても売って欲しいと言われたら断りきれない場合もあるので、ずっと持ってますとは約束できません、と言った。
婦人は笑いながら、あなたに譲ったのなら売ろうと何をしようと自由だし、いつかは手放すのよ、と笑みを返してくれた。
だが,だから売ってもいいのよと言ったでしょ!ときつく言われ、主人と同じように小さい声でソーリー・・・
横で養子の主人がニヤリと笑う・・・(養子かどうかは憶測だ)
女性が強いと平和だ・・・
誰かの本に書いてあった。
この家はだから平和で幸せな空気が流れているんだ。
指輪を手につけてお人形を抱えて、養子の主人に近くの駅まで送ってもらう。
もうすっかり薄暗くなってきた。
さようなら、馬が走り飛行機が飛ぶ屋敷・・・
また来れますように☆
そう願いながら、主人の車に乗り込む・・・
続く