婦人がこれからディナーへと急いでいるので、他にも沢山気になる子達がいるが、
トリステとゴーティエと部屋の入り口に立っていたブリュを1階にみんなで運び出した。
しかし婦人は長年収集してきて初めて尋ねてきた日本人に
飛び切り可愛い子をピックアップされて、いかにも不機嫌そうにしているのが伝わってきた・・・
婦人がゴブランのソファに座りなおすと、シャム猫と珍しい犬がピョンと飛び跳ねて婦人の横に寄り添う。
それをみてラブリーと僕が言うと、眉間のしわが取れて微笑んでくれた。
そしてあなたはこの子達を全部連れて行く気なのか?と聞いてきた。
今日はご縁があることに、ロンドンに到着したばかりで、お金も何とか足りるんです。
そして何と言っても全て一目ぼれです、と話した。
「ゴーティエはいいけど、トリステとブリュは裸にするが、それでも連れて行く?」と言ってきた。
僕はどういう意味かわからないけど、うなずいた。
すると婦人は黙々とブリュの洋服を脱がしだした・・・
僕の横で息子さんが両手をあげてあきれたような顔をしている。
僕はそれをじっと眺めていると、婦人の想いが伝わってきた・・・
いつかは手放す時がくるのだけど、あまりにも突然の別れ・・
それならせめてこの子達が着ていた洋服を想い出にとっておこう・・・
そしてその姿を見て気が変わってくれたらいいな・・
「今日はそのブリュは連れて行きません」
すると婦人の手が止まり、横に居眠っていたシャム猫も目が開いてこちらを覗き込む。
そして眉間のしわが取れた穏やかな表情で「トリステとゴーティエはどうするの?」と聞いてきた。
「この子達の洋服を脱がさないで僕に託してくれるなら、連れて帰りたいです。」
「オッケー」と言うと婦人は後はこの子達に任せるからよろしくね、と言って迎えの車が待つ玄関へと歩き出した。
どうもありがとうございましたと声を掛けるとウインクを返してくれた。
心の中が安心感で満ちてきた。
息子さんに金額を確認して支払いを済まし、持ってきた大きいバッグにパッキンで丁寧に梱包してお人形達を包んでいく。
「またどうしても欲しくなったら電話してお伺いしてもいいですか?」と息子さんに話すと、
もちろん良いですよと、親切に話してくれて、
母はまだオークションで人形が出ると競に出かけて買いに行くほどの
人形好きだから自分のお気に入りを手放すのはまだまだ抵抗があるんだ、と言った。
「でも歩くのもままならなくなってきたんだから、自分が元気なうちに手放していくと良いよと、
最近は家族で話していて、そこに君が突然電話をくれたんだよ・・・不思議だったよ・・」
それを聞いて僕はやはり縁があったんだと納得した。
息子さんも娘さんも本当に良い人達だ。
お母さんを立てながらも全て手伝い、移動の際も腕を取り優しく介護をしている。
こうしてお母さんのコレクションも大切に、お母さんの思いも大事にして手伝ってくれている。
素敵な家族だ。
この素敵な家族に愛されてきたお人形達はきっと幸せだっただろう。
だから僕もその想いを大切にして次のオーナーとの橋渡しを努めよう。
そして幸せだったお人形達は次のオーナーも幸せに導くに違いない。
これがアンティークがGOOD LUCKと言われるいわれなのだから・・・
娘さんが出してくれた美味しい紅茶を飲み終わると、
息子さんが地下鉄の駅までまた車で送ってくれると言ってくれた。
玄関を出て振り返ると白熱灯に照らされたステンドガラスが素敵に輝いていた。
娘さんが出てきてバイバイと手を振る後ろに、変わった犬がこちらを向いて、ワンとほえた。
バイバイと言う意味かそれとも早く帰れなのか分からないが初めて声を聞いた。
さようなら、人形の館。
つづく・・・