僕が33歳の頃の話・・・
11月のロンドンは昼間は普通に過ごせるけど、朝晩は顔がこわばるほどの寒さ。
今日は郊外の小さなアンティークフェアに向かう。
ミルヒルビレッジと言う小さな森の横にあるアウトドアの蚤の市と、インドアのアンティークマーケットで、田舎のフェアという雰囲気でとても楽しい。
ビクトリア駅から30分程で近くの駅に着き、そこから歩いて森を目指し25分程で到着する。
森の横には小さな池があり、いつも鴨やアヒルが泳いでいる。
3年前に初めて来たとき、鳥たちがあまりに可愛いので、
かばんの中からパンを取り出し、小さくちぎってあげると、みんなが集まってきて美味しそうに食べた。
それを通りがかりの夫人達が笑みを浮かべながら一緒に眺めていた。
それ以来ここに来るときは朝食の食パンを少し残し、鳥たちにあげる習慣になった。
今日も奥のほうで白いアヒルや茶色い鴨たちがくつろいでいる。
僕がかばんの中に手を入れゴソゴソと袋を開ける音を立てると、気がついて一斉にスーッと近寄ってくる。
鳥たちに癒されて、フェアに向かうと、いつものようにひっそりとした、人の少なめのアンティークフェア。
ゆっくり入り口に入ると、夫人が1ポンドです、と声をかけてくれる。
サンキューと言ってお金を渡すと、こちらにもお願いします、と募金箱を出す。
こちらのフェアでは、地方では特に多いがチャリティーと並行して行われている。
とても素敵なアイデアだと思う。
自分の文化や世界を持ち、素敵なアンティーク達を探しに様々な所から人が集まるアンティークフェアなら、
精神的にも気持ち的にも余裕がある人が多いと思うので、募金も集まる気がする。
何せみんなワクワクしながら来るのだから・・・
その時に募金箱を差し出されると、その楽しい思いをさせてくれた感謝のしるしとして、ほとんどの人がお金を入れている。
そして赤い羽根ではなく、造花の飾りを胸につけてくれる。
いつも出店している神戸骨董祭でも、
作業所の子供達などが一生懸命作った手芸品やクッキーなどを、可愛いエプロンをつけて販売している。
その姿を遠くから見ると、ホントに天使に見えた時があった。
僕はいつもその日のデザートにそのクッキーを食べている。
特にその中でもレモンクッキーが美味しいので楽しみにしている。
それと小鳥やネコなどの動物の刺繍をしたハンカチなどもプレゼント用に買う。
マーケットも中を覗くと、ほとんどの人が胸に紙で出来た赤い花をさしてアンティークを見て回る。
僕も着けてもらい中に入ると、真っ先に可愛いセルロイドの人形が目に飛び込んで来た。
15センチぐらいの小さい女の子のセルロイドドール。
顔からすると日本製だろうが、周りのオーナメントがすごい。
クリスマスツリーがあり、煙突のついた山小屋もあり、電球がついていてコンセントをつなぐと照明もつきそうだ。
ジッと見ていると店主が来て、10ポンドでいいよ・・・
2千円・・・安い。
人形部分を触ると、ポテッと倒れた。
この子は置いてあるだけで、オーナメントは別物だ。
人形は小さいけどオーナメント自体は50センチはありそうだし重そうだ。
店主に人形だけではだめですか?と聞くと、
受け取り間違えたみたいで、安いのに人形だけで安く買おうなんてダメだよ!と怒り出した・・・
これはこれ以上何か言うと売ってくれなくなりそうなので、アイルテイクディスワン、と言って包んでもらった。
手に持つととても重い・・・
オーナメント部分には沢山の雪も積もっていたけど、石みたいだった・・・
とにかく重い・・・
一通り見終える頃には手がしびれて来た。
これを持って25分も歩かないといけない。
何とか駅まで着き、電車に乗ってホテルまで辿りついて手を見ると真っ赤っかになっている。
セルロイドの子を取り出して、君のために筋トレが出来たよ、と話しかけた。
改めてオーナメントを見て見ると、ホントに良くで来ている。
だけどこれは日本には持って帰れない。
今日の予定は終わったので食事を済ませ、お風呂に入り、寝る前にも眺めて、どうしようかなと考えながら眠りについた。
目が覚めると朝の5時。
5時半には出ないといけないので寝坊した…
急いで準備をして何とか半には出られる準備が出来た。
その時にオーナメントが目に入り、ほんとに困ったなーとまた思い出す。
そして机の上を整理して荷物を整理してチップを枕に置いて部屋を出る。
机の上には、飲み終えたコーヒーカップとパンの袋、リンゴの皮などと一緒にオーナメントも横にある。
今日も頑張ろうと部屋を出て、暗闇の中をタクシーを探し、蚤の市へ。
今日向かう場所は7時半には終え、またホテルに朝食を食べに戻って来れる。
コスチュームアクセサリーなどを見つけて、いつものように8時前にはホテルに戻って来れた。
そして部屋に入り荷物を置いて地下の食堂に行こうと思ったら、朝一にベッドメイキングが終わっていた。
僕が朝が早いので、たまに早い時はあるけどこんなに早いのは初めてだ。
でも綺麗になっているので気持ちが良い。
机の上の物もスッキリと処分してくれている。
あっ、オーナメントもない…
いらないものだと思い処分してくれたんだ…
でも僕がキチンと会話が出来て、人形だけを同じ価格で買うことが出来ていたら、そのまま店に並んでいただろう。
罪悪感を感じながら地下に降りて行く。
まだ8時前なので僕が一番乗りみたいだ。
席に座り注文をしようと考えていたら、ピカピカ光る物を感じて、出窓の方を見ると、見覚えのある物が目に入った。
あのオーナメントだ!
僕が思わず、アッ!と声を出したら、
注文を聞きに来た女性が僕と目が合い、ばれた、みたいな表情をして顔が赤くなっている。
ここは安いB&Bなのでベッドメイキングと朝食を作る女性は同じで、6、7人で仕事をしている。
きっとこの女性が僕の部屋を掃除してくれて、いらないんだと思い、クリスマスの飾り付けにしたのだろう。
女性は赤い顔をしながら、コーヒー、ティー?と聞いて来たので、コーヒー&イングリッシュブレックファスト&コーンフレークと注文した。
安堵感に満ちて来てお腹が空いて来た。
親子連れが降りて来て奥の席に座った。
すると小学生ぐらいの女の子が、ベリースィート!と高い声を出している。
昨日は無かったからクリスマスの飾り付けをしてくれたのね!とあのオーナメントを眺めている。
ホントに良かった。
虚しい思いをしながら重たいオーナメントを運んだのはこのホテルの為だったんだ。
これから毎年、クリスマスの飾り付けの度に、その苦い思い出とその後の嬉しさを思い出すだろう。
そう思いながら美味しいコーンフレークを流し込む・・・
続く